公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2007年度[第16期]
2007年7月28日/白峰 望岳苑

魂の酒

塩野米松・農口尚彦 辻原 登
塩野米松/作家。昭和22年、秋田県角館生まれ。作家として活躍する一方、失われゆく伝統文化・技術についての聞き書きを精力的に行う。

農口尚彦/1932年生まれ。菊姫合資会社、鹿野酒造において杜氏として活躍。他の追随を許さない酒造りの名人として広く知られている。
 長い日本酒の歴史の中で、今の時代だからこそ飲める、という酒をわれわれは飲んでいる。例えば、大吟醸。米を極限まで研いで造る。これは昔ならできなかったことだ。昔の日本酒とはまるで違う今の日本酒の旨さ。それを作り上げるために、誰もやったことがないことにチャレンジしてきたのが農口尚彦杜氏だ。
  はじめて農口さんの酒を飲んだとき、今まで飲んできた酒とは違うと思った。酒は工程を踏めば、基本的に出来あがる。だが農口さんは、「出来あがる酒」ではなく、「自分が造りたい酒」というものを強く意識している。だから、農口さんの酒造りは緻密だ。全ての工程に驚くほど細かい記録が記されている。
  だが去年までの記録は参考にしかならない。酒の原料である米の出来は毎年変わるからだ。常に新しい局面を想定し、積み重ねた記録に経験と勘を加え、試行錯誤を重ねながら酒造りに取り組む。しかも4ヶ月で問題を解決し、うまい酒を作る。それが農口さんの仕事だ。
  農口さんの姿に、法隆寺の西岡常一棟梁の姿が重なる。二人はもの造りについて同じ思想を持っている。技、経験、勘は教科書で学ぶことはできない。だからこそ、農口さんの酒造りを「聞き書き」という形で残しておきたいと思った。酒が飲めない
  日本一の杜氏の話。ぜひ聞いてほしい。