■2009年度[第18期]
2009年7月25日/白峰 望岳苑
いなほ保育園の12ヶ月
塩野米松
塩野米松/作家。昭和22年、秋田県角館生まれ。作家として活躍する一方、失われゆく伝統文化・技術についての聞き書きを精力的に行う。
いなほ保育園は埼玉県にある無認可の保育園だ。設立して28年。4000坪の敷地にゼロ歳から5歳の就学前の子どもたちが約100人通う。子どもたちは裸足で土の園庭を駆け回り、木に登り、手作りプールで思う存分泳ぐ。この園には大人の都合によるルールや「危ないから、だめ」という言葉はない。そんな型破りのように見える保育園を二年間に渡って取材した。園長である北原和子さんの話に、これまで会ってきた職人たちの言葉が重なった。彼女の方針は、職人が徒弟制度の中で弟子を育てていくやり方に似ている。基本的に何かを教えることはしない。子どもたちが、覚えたい、何かをしたいというような「自発的な気持ちの動き」を待つ。と同時に、子どもたちは自分の体を最大限に使った「遊び」を通じて、次第に「生きる力」を身につけていく。それはまさに職人が技を身につける過程と同じだ。「生きる力」とはすなわち「生きる喜び」を知ることだ。喜びを知れば、もっと楽しくなりたいと思う。やがてそこに感性が芽生え、それがさらに生きることの喜びを増幅していく。感性や技は、言葉や人から教わるものではなく、「生きる」という日々の中で獲得するものだ。いなほ保育園を知って、頭ではなく、体の持つ役割をもう一度考えて見るのもいいだろう。