■2009年度[第18期]
2009年9月5日/白峰 望岳苑
黙契の文芸
鷹羽狩行
鷹羽狩行/1930年、山形県に生まれる。俳人。「狩」主宰。(社)俳人協会会長。山口誓子、秋元不死男に師事し、65年句集『誕生』で俳人協会賞受賞。74年『平遠』で芸術選奨文部大臣新人賞。99年文化関係者文部大臣表彰、2002年毎日芸術賞受賞。
黙契ということばがある。無言のうちにお互いの意思が一致するという意味だが、俳句はまさしく「黙契の文芸」といえよう。
<摩天楼より新緑がパセリほど 狩行>
海外俳句の草分けといわれるこの句は、エンパイアステ−トビルの102階から100万坪のセントラルパークを見下ろしたものだ。公園の緑を「パセリほど」ということで、いかに気が遠くなるような高さであるかを表現したつもりだった。それが30年経ったある日、俳句を作らない人から、この句を「ビルを地上から見上げたものですが」と聞かれ、愕然とした。それと同時に、やはり俳句には、「俳句を作っているがゆえにわかる」という黙契があるのではないか、と思った。
<一夜明け嫁が君とは呼ばれけり 清水基吉>
俳句を知らない人は、この句から新婚を思い浮かべるかもしれない。だが、「嫁が君」はネズミのこと。正月三が日だけはネズミが大黒様の使いとされて、もてなされることを詠んだ句なのだ。このように、俳句はまず季語を知らないと正しい解釈ができない。
俳句は大衆文芸といわれる。だが、俳句の心得がなければ理解できない黙契の文芸である。このことを知って、俳句をより楽しんでほしい。