■2011年度[第20期]
2011年4月23日/白峰 望岳苑
この災害について
池澤夏樹
池澤 夏樹/(財)白山麓僻村塾理事長。小説家、詩人。『スティル・ライフ』芥川賞、『母なる自然のおっぱい』読売文学賞、『マシアス・ギリの失脚』谷崎潤一郎賞、『すばらしい新世界』芸術選奨。
震災後、東北に入った。見渡すかぎりの瓦礫。住宅地は跡形もなく、人もいず、匂いもない。潮騒が聞こえるばかり。なぜ、こんなことになったのかー。
日本はよい国土だ。雨に恵まれ、四季の変化が顕著、さまざま気候もある。海に囲まれ、大陸からほどよい距離にあるため、異国に占領されたことは大戦後までなかった。しかも中国という大きな文明の近くにあって、渡って来る文物を参考にこれだけの文化を作ってきた。しかし、災害が多い。日本はプレートの境界線にあるから、大地が不安定である。だから地震が来る。つまり、日本の国土は人文地理学的には有難いけれど、自然地理学的には恐ろしいところなのだ。
では、我々の祖先はどうやって災害を乗り越えてきたか。泣いて、諦めて、作り直す。その繰り返しの中で生きてきた。結局、生きるということは不安定だから、無常という哲学を身に着け、災害をやり過ごしてきたのだ。だが、今回は原発が加わった。その影響は計り知れない。
「原子力とは人間の手には負えない」と21年前に書いた。事故が起これば、壊滅的なことになると判断したからだ。我々はこれからは貧しくなることを覚悟すべきだ。原子力に頼らず、少ないエネルギーを上手に回し、静かにいい生活ができる国をめざす。被災地を回り、立派な人たちにたくさん出会った。みなよく動いている。そういう人達が力を発揮すれば、十年、二十年後には、日本は「よき貧しい国」を実現しているだろう。